匂い






「なんの用なんですか?」
いきなり夜訪れた俺に眼鏡を指で押し上げながら睨んだ。
確かに仕事で疲れて帰ってきて
やっと一人の時間を持てたというのに
少なくともあまり好感を持っていない人間が来たらそんな顔するよな・・・。

でも俺だって切羽詰ってるんだ。
事の発端は美雪の言葉だった。
俺がいつものように授業をサボって
美雪の弁当を失敬して食べていたら
「はぁじぃめちゃーん?!もういつもいつもいつも!!今日こそは許さないんだから!」
と眉を吊り上げて俺に怒った。
「まぁまぁ『腹が減っては推理が出来ぬ』なんですよ。センパイは。」
美雪の後ろからひょいっとカメラ片手顔にを出したのは佐木だった。

「・・・明智警視のライバルだって言われてるけど推理意外はホントに足元にも及ばないわよね!はじめちゃんは!」
「なんだってぇ?!あんな嫌味警視より俺が劣るって言うのかよ!」
「事実だもん。あー、明智さんのような大人の人って好きになっちゃうかも・・・」
美雪は舌をぺロっとだして俺にトドメを刺す。
が――――・・・・ん
ショック受ける俺。
佐木はニコニコしながらビデオをまだ撮っている。
ちくしょー・・美雪のやつー・・・。
それよりなによりムカつくのは明智だ!

とりあえず俺は明智のミリョクやらなんやらを調べるために
明智の部屋に向かった。
調べて!パクって!美雪を惚れさせてメロメロにしてやる!






「で・・・なんのようなんですか?」
普段俺がとても飲めそうにない高い珈琲を入れて
俺の前に差し出してきた。
「なにっていうか・・・その・・・」
しまった・・・考えてなかった。
とりあえず乾いた喉を潤すために高い珈琲を一気に飲み込んだ。
「・・・その?」
眉を顰めて俺を見ている。尋問かよ・・・。
「あっ・・・明智さんに勉強を教えてもらいに!」
「教科書も持たずに?」
ギクッ
俺が今持っているのは財布だけで
教科書なんて持ってきていない。
「正直にいえば美味しいお菓子をあげようかと思ったのですが・・・」
「子供じゃねーし、お菓子で釣られると思うなよ。」
「じゃぁいらないんですね?」
「・・・いる。」
このテの喧嘩で俺が勝った事なんてあんまりない。
でもこれが俺は余り嫌じゃないあたり重症だと思う。
「とても美味しいんですよ?君が来たときのために残しておいたんです。」
ニッコリと笑って俺にそれを差し出した。
「アリガト・・・。」
「おや、ちゃんとお礼も言えるんですね。偉い偉い。」
―――・・・む、ムカつく・・・。
そう言って明智さんは俺の頭を撫でる・・・。
なんか最近気付いたんだけど。
「ねぇ・・・これって子供扱いじゃなくてさ。犬扱い?」
「犬じゃなくて猿扱いの方が君にはピッタリだと思いますが?」
こんっっの嫌味警視がっ!




「はい。食べましたね。じゃあ正直に言ってもらいましょうか?」
「な、なな、にを?」
すっかり美味いおやつを食べて、珈琲を飲み干し、
ソファーでくつろいでいた俺を再び地獄につき落としたのは他でもない
明智警視だった。
「此処に来た訳を・・・教えてくれますよね?」
「・・・・黙秘権。」
「・・・・君はそんな事ばかりよく思いつきますね。おや?」
「・・・なんだよ?明智さん」
ふっと明智さんの顔が俺の顔に近づいた。
え?え?え???
俺の心臓の鼓動は急激に早くなる。
って、なにドキドキしてんだよ!俺!
こんな、こんな嫌味な野郎なんかに・・・。
驚きすぎて固まっていると明智さんはさらに
手で俺の頬を触った。
自分でも顔が赤くなるのが分かる。
明智さん!?まだ!俺!
心の準備がぁああぁ!!!
「金田一君・・・」
「はっはひぃ!?」
どきどきどき・・・・

「顔に・・・クッキーの食べかすが残ってましたよ。」
「は?」
「ほら、汚い食べ方なんかするからですよ。」
と明智さんは俺の頬をガシガシとハンカチで拭った。
いていてて・・・もうちょっと優しくやれよ!
とか思ったけど・・・恥ずかしくて俺は何も言えなくなる。
俺は今なにを考えて・・・?
明智さんが俺なんかに・・・ごにょごにょ・・・・・・するはずないじゃないか!?
「おや?顔が赤いですよ?どうしたんですか?」
「うっうるさい!こ、このい、嫌味虫!!」
「金田一君・・・君の粗相を拭ってあげた人に対してなんですか?その言い草は・・・。」
「結構毛だらけ灰だらけだっつーの!」
「・・・全く君は・・・。」


それからしばらく俺達は一言も交わさなくなった。
諦めたのか、呆れてものが言えなくなったのか
明智さんは一つため息をついて窓の外を見た。
つられて俺も窓の外を見る。
都会の空には星一つなくて
真っ暗だ。
それに今日は曇っているからかさらに空が暗く見える。




「そろそろ寝ましょう。私の朝も君の朝も早いのですからね。」
沈黙を破るように明智さんは席を立った。
「え?泊めてくれるの?」
「ええ。廊下で寝るというのならね。」
「警察官が子供に対してそんな事しても良いのかよ。」
「いいんですよ。まぁ私にとっても君と一緒に寝る方が危険ですしね。」
え?それって・・・それって・・・
「?どういう意味?」
「君は寝相が悪そうですから・・・。」
ムカチ――ン・・・。
いいさ。廊下で寝れば良いんだろ?
踵を返して俺は廊下に向かおうとすると
明智さんに首根っこを引っ張られた。
俺はネコじゃないんだぞ?
「冗談ですよ。来客用の布団がありますから。」
「はじめっからそう言ってくれよな。」
「はいはい。」
気のない返事をして明智さんは布団を引き始める。
なんとなく俺はムカついて明智さんにパンチする。
けれど、そんな俺の攻撃などスルッと避けて
俺はさらにムカついた。 




気がつけば俺は寝ていたらしい。
明智さんはもう仕事みたいで部屋にはいなかった。
朝ご飯も机の上に用意してあった。
その横にはあいつらしい達筆な字で書かれた書きおきがあって。
鍵はどうすれば良いのかとか、
皿は流しに持って行って水に浸けとくようにとか
細かいとこまでマメに書いてあって俺はつい笑ってしまった。
朝からトーストと酢昆布という組み居合わせには
ちょっと呆れたけどね。
明智さんは結局その後なにも聞かなくなったし
俺も本来の目的は帰るまですっかり忘れちゃってたけど
まぁ・・・楽しかったから良いかな?


あ、そうだ。
昨日の仕返しとお礼にちょっと小細工をしておこう。
ぐぅっと背伸びをして俺はそんなことを考えていた。


















完結

明金好きだけど。ムヅイ。